茶の湯に纏わるコラム

日本の鉄

釜の鉄材が和銑(わずく)と洋銑(ようずく)の二種類あることを知らない人は多い。和銑は日本古来の鋼鋳鉄で、砂鉄を炭で精錬した地金である。古芦屋、古天命、京釜等の江戸期までの釜や工芸品に使われてきた。材料の入手が難しく熟練の経験と技術を要し生産性が低い。約2トンの鉄の塊を精錬するため木炭約13トン、砂鉄約8トンの原料が必要とも言われる。「たたら製鉄」と呼ばれる操業である。日本刀の玉鋼も同じ工程から生まれる。

それに対し幕末にヨーロッパから輸入された洋銑の精錬方は、西洋銑鉄とも呼ばれる鉄鉱石を石炭等で大量生産出来る画期的な産業革命であった。高い生産性に加え切削、塑性の自由さに日本の鉄産業は洋銑の出現で大きく変わることになる。

しかし火と水の急激な温度変化の中での使用が繰り返される鉄にもっとも過酷な条件下の釜の世界で洋銑は新たな問題を引き起こす。錆びが出易いのである。砂鉄地金(和銑)と鉄鉱石地金(洋銑)では錆の進行具合があまりにも違い過ぎる為である。

数百年もの間、茶人に愛でられ、使用され続けた和銑地金は錆に対する優れた耐久性と、使うほど味わい深くなる金質の良さが特徴であるのに対し、洋銑の錆に対する耐久性の弱さと金気の出やすさが問題となる。そのため、洋銑の釜は全体を焼き酸化皮膜を張らせ、内部塗装を施すことで、ある程度は錆に耐えうる製品に向上させる事が出来たが鉄本来の金質や湯の味わいが制限されることになる。

鋳造にあたり原材料も極僅かで季節や湿度に左右されロスが多い和銑に対し、材料も豊富で、鋳造ロスの少ない安価な洋鉄の釜が新物茶道具の主流になるのに時間はかからなかった。 

現代の日本は物が溢れ、使い捨ての傾向が強く感じられる。しかし、材質にこだわり、一つの物を愛でて使い育てる事により道具本来の輝きを引き出し茶を楽しむ。それも茶道の世界に必要なのではないだろうか?一期一会の出会いのためにも・・・

かつて和銑鋳造の難しさに工学博士のもとを訪れ、指導を仰いだ事がある。その時に言われた「優れた貴重な素材である事は理解できますが、この和銑で釜のような薄肉(3mm)鋳造をする事自体無謀ですよ。」 それは解っているのだが・・・



茶の湯道具 さがみや