ID 02063
部門
道具名 博多芦屋平丸釜 風炉 垤志極
価格 400,000円
説明 No 02063 
品名 博多芦屋 平釜 桃山時代 長野姪志極
解説
 【脇芦屋】
  中国漢の時代釜は「フ」といわれ、物を煮るためのものでした。その中で湯を沸かすものを「鍑」(フク)と称していました。日本に伝わり、江戸時代の始めころまでは、鑵子(カンス)と呼ばれていました。
  釜の日本への伝来は、中国と新羅からで中国からのものは、主に西、代表的には筑前芦屋 新羅系統は東、代表的には天命と言われます。
  その後茶の湯の隆盛などに伴い、芦屋 天命などを中心に釜が作られますが、その後諸事情による芦屋の衰退により、芦屋の工人が全国に流れます。また、天命も授受に生産を減少させていきます。代わりに重要が多い京都などにその生産拠点が移っていきます。一方流れた芦屋の工人は全国各所で制作に携わります。「越前」「伊勢」「播磨」「博多」「石見」「肥前」「伊予」「河内」として分類し、通称「脇芦屋」と呼んでいます。
 【博多芦屋】
  芦屋より移住した職人が中心に制作に関与しています。黒田長政が博多に封じられたとき築城また武器鋳造のため芦屋より呼び寄せたことが大きく影響しているようです。
材質は、従来の和銑と違い南蛮鉄が中心です。溶解温度もやや低く、成分上柔らかく加工が容易なのが特徴です。
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